序章




 きぃん、と金属音が青空に響いた。
 研ぎ澄まされた鋼と鋼が打ち合う鈍く力強い音が何合も響く。因縁対決――――と周囲では囁かれていた。勇者になるため大陸中の有志が集まり武を競う、この大会においてもっとも《勇者》に近い少年達。
 ふたりとも青年になろうとする年頃の少年。
 ひとりは大剣を自在に使う天空神のように力強く美しい金の髪と藍い瞳の少年、キルス・スジャース・マグニースィヤー。
 キルスと相対するひとりは日に透ける薄茶の長い髪を風になびかせながら長剣を振るう翠色の眸の少年、ジェイド・ソル・フェイエル。左手に持った小盾が重そうに見えるほど体格は小柄で、闘技場ではなく雑踏で見たら女性と見まごうほどだ。
 キルスの大剣が長剣を防ぎ、ジェイドの長剣が大剣の隙を衝き閃く。どちらが勝ってもおかしくないほど拮抗した試合。
 勝手に口から鋭い笑いが漏れる。
 笑えばそのぶん息が上がってしまうのに、それでも勝手にジェイドの唇から笑いが零れた。
 キルスとは同志で友人で好敵手で恋敵。
 でも、そんなことすべて吹っ飛んでしまうほど。
(楽しい)
 ぞくぞくとジェイドは身を震わせる。向かい立つキルスも同じ表情だった。
 己の力を賭けること、全力を出し切ること。そのすべてが。
(楽しい)
 これが武者震いか。
 勝ちたい。けれど、それだけじゃない。
「体力も無いんだし、いい加減粘ってないで眠っちまったらどうだ、ジェイド?」
「そういうキルスこそ、大剣が重そうだねえ。もう息が上がってるみたいだけど?」
「そっちこそ、ちょこまか動くだけで足にガタがきてるじゃないか」
 勇者選抜大会、最後の競技は真剣による真剣勝負。ジェイドにもキルスにも、すでにいくらかの切り傷があったが、それはすべて致命傷になってはいない。
「確かにちょっと、片手が不便かなって思ってた」
 そう言いながら、ジェイドは左手に持っていた楯をキルス目掛けて投げつけた。それと同時に右手の長剣を平行にして走り出す。
 盾に視界を塞がれて、そうではなくとも動きを制限されて、キルスの反応は遅くなるはずだった。走り寄るジェイドを認めてにやりと笑い、刺突の動きに沿うようにキルスが己の持つ大剣を動かす。
 あと一歩でカウンターになるというところでジェイドが足を止めた。瞬時の見事な判断に観客席からどよめきが起こる。だがその声は争うふたりには届いていない。
 両手で、時には片手で重い大剣を振り回すキルスの動きは演武のようだったし、身軽さを活かして長剣を閃かせるジェイドの動きも舞を見るようだった。
 どちらが勇者に選ばれてもおかしくない、試合を見ている者たちが皆そう思っていた。
 ぶん、と空気を割いて大剣が振り下ろされる。
 がきンっと一際高い音がしてジェイドの手から長剣が弾かれる。勝利を確信した顔と敗北を認めた者の表情が一瞬交差――――しない。諦めていない。ジェイドは身を翻すと飛ばされた長剣を拾いに駆け出した。
「逃ぉがすかぁぁっ!!」
 そうはさせじとキルスが後を追う。長剣を拾い振り返ろうとするジェイドに振りかぶったキルスの大剣が陽を受けて煌く。

 絶対に負けない。

 眼に宿した光は共に同じ。長剣が繰り出される。まさに捨て身の一撃。キルスの右手首に長剣が深々と刺さった。

 獲った。

 勝ったと思った瞬間、ぎらりとキルスの眼が光ったような気がした。
 あっ、と息を吐き出す。一拍遅れて、ジェイドの首筋からぷしゅっとなにかが噴き出す音がした。



 場内が一瞬静寂に満ち、血飛沫と共に騒然とする。どちらも戦闘不能、再起不可能と言われた試合はこれで終了した。




目次 / 




inserted by FC2 system