マホガニー色で統一された書棚の並ぶ書斎の中に柔らかな午後の光が差し込んでいる。
 テラスに通じる窓を背にして、重厚な机の上に足を乗せた少年が顔の上に乗せていた本をずらした。金の髪がさらさらとこぼれ、何処か冷たい藍の瞳が机の向かいに立つ人物を見た。
「おう、似合うじゃないか」
 テノールの柔らかい声がキルスの目の前に立つ人物に向けられた。
「……似合う、じゃな〜いっ」
 ウェディングドレスを着た同じ年頃の少女が恥辱に拳を握り締めて睨みつける。
 透けるような白い肌の小柄な娘で、高く結い上げた薄茶の髪と同じ色の長い睫毛に縁どられた柔らかな翠の眼で精一杯、眉間にしわを寄せ、少年を睨んでいる。サクランボ色の唇も今はへの字になっている。陽射し避けに使っていた本を閉じながら少年が溜息を吐いた。
「……花嫁にヴェールが必要だな」
「うるさい! キルス、お前後で覚えてろよ!」
 キルスと呼ばれた少年もハッと目を惹くほど綺麗な少年だった。顔に浮かべた不遜で不機嫌な表情が良く似合う。面倒そうに立ち上がると「男だろ、泣きごと言うな」と机越しに少女の肩を叩いた。
「男だからだろ! なんで俺が花嫁役なんだよ!」
「確認したいのか? しっかり着込んだその姿のまま外に出て、この俺に逐一どこがどう女役としてお前がまさに適任か説明くらった挙句、周囲の皆さんにアンケートでもとって裏付けしたいと? しまいにゃ賛成反対多数決でこれ以上ない位に逃げられない結果出して逃げ場という逃げ場を塞いでやるぞ」
 真顔でキルスが尋ねた。いやむしろ脅した。ぅぐッと花嫁姿の少年が詰まる。そこでキルスは優しい顔を作り、友人の肩に置いた手に温かな力を加える。
「ま、そう心配するな、ジェイド。劇較べはストーリーや役じゃない、演技力や脚本の構成を審査するもんらしいし」
「だったらお前が聖姫役をしろよ」
 だがジェイドの不満気な表情は変わらない。キルスは優し気な笑みを崩さないまま話を続ける。
「俺はもう勇者の役が決まってるだろ。だいたい女装なんか冗談じゃないね。そんな役やる奴は変態だ。よっ、この変態っ!」
「てめぇ、人に押し付けといてよくも……っ!」
 胸倉を掴まれてもキルスは不敵に鼻を鳴らすばかり、今にもジェイドが殴りかかろうとしたとき書斎の扉が開いた。
「うわぁ、よく似合うね、ジェイド!」
「……キルスに手籠めにされた女の子みたいだな」
 聞き慣れた声と共にその背後からざわざわと声がする。女装姿を見られ、褒められ、赤面したジェイドがキルスの胸倉から手を離し「ちが、これは違うんだ!」と脈絡のないことを弁解し始めている。衣服の乱れを整えたキルスが不機嫌そうに息を吐き「なにが違うんだ? ん? この女装上手が」と言うと周囲から同意の声がおきた。
「しかもまだお化粧してないね、ジェイド」
 にこにこと濃い藍色の瞳の少年が指摘した。キルスやジェイドと同じくらいの年齢だが彼らより頭ひとつ分大きく、そのぶんひょろりとした印象を与える。少年の名は天藍眼のラズーライト。だが、彼を本名で呼ぶものはあまりいない。だいたいの者がラズルダズルと愛称で呼んでいた。
「いや……ジェイドなら化粧しなくてもそのままで充分イケるんじゃないか?」
 そう応じたのは彼らよりすこしばかり年かさの青年でこの館の主、ゴーシェ・ナイト・ブラスティという名前だ。落ち着いた雰囲気と頼れる人柄、そして無類の馬好きで知られている。鹿毛のような髪と、栗毛の瞳。一見して馬が人になったらこんな感じだろうと思わせる容貌だ。
 ふたりの後ろからも野次馬に来た男たちが「うわ、信じらんねぇ」「本当は女なんじゃないのか、あいつ」「もう女にしか見えん……」「今夜、夢に出てきたらどうしよう」「確認してぇ〜」「風呂だ、風呂」と無責任な声が聞こえてくる。ジェイド本人の耳にもその言葉はしっかり聞こえていていつもは元気な翠の瞳にじんわり涙が浮かんでいる。
「まぁまぁ、大丈夫だよ、ジェイド。似合う似合うってみんな言ってるけど、そんなの全部褒め言葉だし、どうせ大人になったら似合わなくなるもん。今だけ今だけ今のうち。そしたらこんなの笑い話だよ、ね」
 恥ずかしさのあまり、床にへたりこんだジェイドにラズーライトが近づいて励ました。
「……だったらラズルダズルがやってよ。俺こんな役、嫌だよぅ」
 友人に涙目で縋られて、うふふ、と藍色の瞳を細めてラズーライトは首を横に振った。
「ぼく、魔王役だし、それに、もし交代したとして、助けられるお姫さまが勇者より魔王より背が高いんじゃちょっと見た目が悪いよね。なによりみんな、ぼくよりジェイドがお姫さまやったほうが絶対に喜ぶよ」
 助けを求めるように瞳を向けられたゴーシェもラズーライトと同じように首を振る。
「俺が姫役になると、ラズルダズルが抱えて逃げるのは無理だ」
「俺もゴツイ姫を助けに行くのは嫌だぞ」
「同感だ」
 キルスとゴーシェが頷きあう。
「ね、だからジェイドしかいないんだよ」とラズーライトが言った。
「うぅ、だってこんなの、みんなに笑われるばっかだし」
「あ、そうか。むしろ逆だよ、ジェイド! 『世界の全てが妾の美しさの前に平伏すのよ、おほほ』くらいの気持ちでやった方が絶対高得点だよ!」
 いかにも名案、といった具合でぽんと手のひらを打ったラズーライトに、不可解な顔でジェイドが反論する。
「そんなお姫様、攫っていく奴がいるの?」
「気持ち気持ち。演技は気持ちが大事なんだよ」
「気持ちって……そんなのでどうにかなるの?」
 この恥ずかしさや、居た堪れなさや、情けなさ。そういったものが吹き飛んでくれるのだろうか。
 眉間にしわを寄せるジェイドにラズーライトは「うもぅ、わかってないなー。つまり演技は度胸なんだよ、ど・きょ・う。お経じゃなくて、卑怯じゃなくて、越境でもなければ故郷でもないんだよー」
「……ラズルダズル……言ってることが意味わけわかんないよ」
「もちろん奇矯に非ずさ!」
「それはラズルダズルのことだろ!」
「せめて酔狂と言ってぇ♪」
「うゎ、気持ち悪い! すごく気持ち悪い!」
 ふたりを少し離れたところからゴーシェとキルスが様子を見ている。からかわれているジェイドはすっかり自分の今の格好のことも周囲の好奇の視線も忘れているようだ。
「さすが目眩ましラズルダズル、誤魔化すのが上手いな」
「相手が単純だからだろ」
「ま、なんとか落ち着きそうだな。じゃ、ジェイドの気が変わらないうちに劇の練習に入るとするか」



 エディルスティン大陸ではおよそ二十年から三十年に一度、勇者選抜という大会がある。
 十六歳以上三十歳未満の希望する男子を集め、剣技や法力、サバイバル能力などを一年以上かけて競い、勇者を決めるのだ。
 そもそもことの起こりは六百年前に遡る。
 神国アウスファンクトで魔王が現れ、姫を攫った。勇者隊が結成され、魔王の棲む森に進軍したものの、残念なことに魔王は退治出来ず封印するのが精一杯。それ以降、魔王の封印が解けないよう見張り、また解けた時は率先して戦う為にひとり、勇者を選ぶことになった。
 勇者には様々な特権と名誉が与えられる。特に知られているのは法王に準じ、王侯貴族より位が高くなること。つまり勇者を裁けるのは法王だけなのだ。それから、平民にとって魅力的なことは、現実的で夢もなにも無いけれどすべての税金の免除と、なにをするにしても買うにしても金が必要ないということだ。その代わり勇者として魔物を退治したり、凶悪事件を解決したり、英雄的行動を要求されたりと責任と期待は大きい。
 貴族には名誉を、平民には特権を。
 時代が流れて「あの時、こんなことが役立った」とか「あの時、こういうことが出来たなら」と言う知識が溜まりに溜まって、昔は半年もかけずに終わっていた勇者選抜は優に一年を超える長さのものになってしまった。
 選抜場所はアウスファンクトの聖都アストリオテスで行われるが、その滞在費とかかる経費は全て個人負担なので、三ヶ月が経ち、国中にひしめくようにいた者達も随分と減ってきている。もちろんこの国を治める法王の命令で領主や豪商など経済的に余力のある者は出来る限り選抜に参加する者達を受け入れるようにしているのだが、いかんせん参加者が多すぎる。すると自然、時間が経つにつれて地元の者か経済力に余裕のある貴族か富豪が残る事になる。
 キルス・スジャース・マグニースィヤーはアウスファンクトの隣国、ザウベレイの公爵の跡取りだし、ジェイド・ソル・フェイエルは商国エルスターレンの商家の息子だ。ラズーライトはこんなことに参加していなければ皇国カイセレスの第一皇位継承者。ゴーシェ・ナイト・ブラスティはここアウスファンクトの公爵でネブリスの領主代行でもあり、その人の好さで本来ならライバルともいうべき勇者選抜に来た者達に屋敷の部屋を無償で解放している。



 ゴーシェの屋敷に間借りする者たちに、直近に予定されている技較べは茶の点て方だった。演劇はまだずっと先だ。だが、他の城や屋敷に間借りする者たちから演技力を競っただの脚本の構成を見られただのと前情報が流れてきて、事前に準備することにしたのだ。
 屋敷の者全員で出来る劇はない。モブその一、なんかしたって審査員に演技力を注意して見てもらえない。
 だから少人数に分かれて、審査員が審査しやすいよう、劇の主要人物だけをすることにした。
 とりあえずといった形で組んだのがジェイドとキルス、ラズーライトとゴーシェの四人。
 選んだ劇は聖姫伝承。勇者選抜の起こりでもある。この題材を劇に選んだ者たちは他にも多いが、聖姫、勇者、魔王に加えて『勇者が乗る馬』役がいるのが特徴だろう。
 虐めではない。
 人間役を当てようとしたら、当のゴーシェが「俺は人間を演じることはできない。だが俺以上に馬を演じきれる人間はいない」とか言い出したせいだった。
 なにも知らない周囲からは間借りしている屋敷の主人によりにもよって馬役をやらせるなんて無礼千万と思われているが、ゴーシェを知る者はその配役に納得していた。たぶん、審査する者たちも納得するだろう。以前の馬術競技では当然の優勝、ちょっと前の農耕馬に対する考察という知識比べでは審査する側の審査員が根負けして試験会場を追い出すほどゴーシェの馬に対する愛と知識は豊富だった。その後、試験でちっとも語らせてもらえなかった、まったく語り足りないからとラズーライトとジェイドを捕まえて一晩中自室で馬について語り倒したことはこの屋敷に住む者には有名である。
「クォーツ公のところにいる奴らからの情報だと、そのうち奇術なんかもするらしいよ。なんに使うんだろうねえ、そんなの」
 溜息を吐きながらラズーライトが言うと、同感、と渋い顔でキルスが頷いた。
「いくらなんでも、競う内容をある程度絞ったほうがいいよな。ベリル公の城の連中が言ってたけど、そのうちレース編みの早比べがあるらしいぞ」
 その言葉にぱっと顔を上げて、ジェイドが笑顔になる。
「あ、それ、俺得意♪」
「だぁほ。てめぇは自分のベールでも縫ってろ」
 顔を上げたジェイドの頭をぐしゃぐしゃと片手で掻きまわしてキルスが言った。
「そうだ、劇の練習が終わったら、時間のある奴らを集めて茶の点て方を練習しないか。どうせなら、みんなで合格点をもらいたいしな」
 ゴーシェの提案にキルスが呆れた目で彼を見る。
『勇者』に選ばれるのはたったひとり。どんな技較べでも試合でも順位が付けられるだけで合格の基準なんてない。みんなで合格、なんてありえないし、あったとしてもなにも意味がないのに。
「そうだよねえ、みぃんな仲良しが良いよねっ」
 ラズーライトが己の心情を隠してゴーシェに笑いかけるとゴーシェも疑わずにラズーライトに笑い返した。
「うん。俺は、この屋敷に集まった人間はみんな素晴らしい人間だと思うんだ。だから、この大会が終わってもみんなとずっと交流していたい」
「……ほんと、お人好しだよねえ、ゴーシェは」
「まあそうでもなきゃ、赤の他人に三ヶ月も自分の屋敷間借りさせねえだろうけどな」
 苦笑したジェイドと呆れたキルスが小声で会話する。
 無償で屋敷を開放しているだけあって、ゴーシェの屋敷は他の貴族や富豪の家に比べてまだ残っている参加者が多い。
「ぼく、ゴーシェのそういうとこ、憧れるなあ」
 ラズーライトが口先で褒めると素直に受け取ったゴーシェは照れて頭を掻いた。
「じゃあ、侍女にポットとカップの準備を頼んでこよう。少し待っていてくれ」
 言い残して、ゴーシェが部屋を出ていく。三人きりになって、笑顔を作っていたラズーライトが真顔になる。
「ゴーシェって、変だよね」
 友人が出ていった扉を見つめたまま、ズバリと言っても残りのふたりから返事が返ってこない。同意の証拠だ。
「それにしても、お茶の点てかた、かあ。アフターヌーンティーは侍女にまかせっきりだったなあ。勇者選抜なんていうけど、思ってたより女性的な才能を追及するよね。ぼくはもっと雄々しい事ばっかりしてると思ってたよ、剣とか楯とか持ってさ」
「手品なんざ道化のやることだしな。莫迦にしてる」
「俺は面白くていいけどなぁ、剣技や弓技ばっかじゃ血生臭くてやってられないよ。どんな奇術なら得点高いんだろうね。鳩でもだそっかな? えいやっ」
 こんな感じとジェイドがウェディングドレスの胸元から白い鳩を飛ばせてみせる。
「いつもそんなもん仕込んでんのか、お前は」
 キルスは半眼になって冷たく言葉を吐き出した。
「お前はいつでもアホでいいな」
「アホって何だよ、アホってっ」
 平和の象徴がむなしく天井を旋回している。
「へ、事実だろうが」
「事実って言い切るなぁ〜っ」
「まあまあ、ジェイド、考えてみなよ、キルスはいいなって言ったんだよ、つまりアホなのが羨ましいのさ。そう思うとなんだかおかしくて笑えるでしょ?」
 鳩が主人ではなくラズーライトの肩にとまった。
「う〜ん、でもそれ結局、俺のことアホって言ってない?」
「このアホが羨ましいわけあるか莫迦」
 ラズーライトの言葉に困惑気味に首を傾げるジェイドの声とくだらなそうに言い捨てるキルスの声が重なった。キルスに噛み付こうとするジェイドをさりげなく手で押さえ、ふと思いだした話題をラズーライトが口にする。
「そういえばキルス、昨夜は満月だったけど、あの人はどうしたの? 魔物の花嫁にされるって言ってた子」
「……あれだけ莫迦にされて、行くわけないだろ」
 ほんの少し前の過去を思い出し、むすりとキルスが腕を組んだ。
「じゃあ、俺のあの苦労はなんだったんだよ?!」
 ジェイドが噛みつくとキルスがばっさり「無駄」と言い切る。
「言い切るなあ〜っ!」
 ジェイドが小柄で女顔なのは一見してわかることだが、しかしそれでも演劇で「じゃあお前が女の役をやれよ」とは言い辛い。
 ジェイドが聖姫の役をさせられるにはそれなりの前例があった。
 ちょっと前、キルスが口説いた女性の中に、キルスに助けを求めた娘がいた。
 なんの因果か魔物に目をつけられて、次の満月の夜には花嫁として奪いに来ると宣言されたというのだ。
 それを聞いたキルスは「じゃあ俺が助けますよ」と気軽に請け負った。もとより剣の腕には自信がある。魔物と戦うのが初めてではなかったことも自信を持って請け負った理由だった。
 大まかな作戦は彼女の身代わりを立てて、魔物の眼を惑わせて、戸惑うだろう魔物を倒すこと。
 見世物の劇の女役は頼み辛くても、人助けの女装は頼みやすい。
 頼まれたジェイドが女物のドレスを着て彼女の身代わりをしようとしたのだが、その前にゴーシェやラズーライト、他にゴーシェの城に泊まっている者たちにその姿を見つけられた。
 聖姫伝承のおとぎ話じゃあるまいし、人間と敵対している魔物が、それも魔王や魔族と違って知性も理性も持たない魔物が、人間の女を攫いに来るわけがない。
 女に担がれた、遊ばれた、騙されたと周囲の人間たちに散々揶揄されて、不貞腐れたキルスは結局、約束の晩、つまり昨夜、彼女の頼みを無視して寝た。熟睡だ。
「勿体なかったねえ。もしかしたら夜這い希望だったかもしれないのに」
 ラズーライトの言葉にぶるっと背筋を震わせながら、それでも「どうだか」とキルスは言い返した。
 周囲の人間の眼を気にして女性に気軽に声をかけはするが、では、彼女たちとどうこうなりたいと思ったことはない。
(女なんて、いつ裏切るかわからない)
 数年前の苦い教訓を思い出す。
(もう恋なんてしない。誰も好きになったりしない)
「誘われたと思ってうかうか行ってみたらベッドの中に父親が居て『娘をたぶらかした責任をとれ!』――――なぁんて言われたりしてな」
 キルスの言葉にあはは、とふたりが弾けるような笑声をあげた。
「ザマミロいい気味」
「いいじゃない、責任とってあげれば」
「ふたりとも後でシメる」
 くだらない雑談をしていると勢いよく扉が開いた。驚いてそちらを見るとゴーシェが蒼い顔をして目を血走らせている。何事かあったのがよくわかる表情だった。
「キルス、おまえ、昨日シャニプリヤのところに行ったか?」
「いや、行ってねえよ――――なんか、この話題ばっかりだな」
「なにかあったの?」
 好奇心というよりは不安そうな顔でジェイドが問う。
「ああ……昨夜シャニプリヤが家人の見ている前で魔物に攫われた。二メートルはある猿の化物だったらしい。近所だし、そのうちここにいる手空きの勇者候補に魔物の退治依頼がくると思うが……まさか『花嫁』が事実だったとはな」
 苦々しそうな顔でゴーシェは吐き捨て「きっと彼女は心細い思いをしているだろう。いずれ依頼がくるだろうが、そんなものを待っていられないからな。早く助けに行こう。他にもあたって来る」と慌しく部屋を出ていった。
「大変じゃない!」
 ジェイドの声に驚いてラズーライトの肩から鳩が羽ばたいた。
 それを落ち着かせて、どうやってか胸元に仕舞いなおすと(奇術較べじゃこいつが最有力かも)そう思っているふたりを改めてジェイドがキッと見た。
「俺たちでなんとかしなくちゃ!」
「なんとかって、キルスはともかく、別にぼくらが頑張らなくてもいいと思うけど……」
 ラズーライトの発言に怒ったようにジェイドは反論する。
「駄目だよ! だってあの子、キルスにそのこと言ってたんだよ? 助けてくれって。それをからかってやめさせたのは俺たちでしょ? だったら俺たち、この城の全員がそれをわかってて魔物を見逃したってことになるじゃない、でしょっ? だよねっ。ていうことは、これを解決できないとキルスはもちろん、この城の全員……俺たちみんな、勇者候補を降ろされるかも!」
「んなこたぁ言われんでもわかってるんだよ」
 伝法な口調でキルスがジェイドの頭を軽くはたいた。
 己の失態を悟って、前を見据える藍い視線は険しい。
「おら、行くぞ」
「うんっ」
 先に歩き出したキルスの後を追ってジェイドがドレスの裾をからげながらついていく。頭を掻いて熱のない藍色の瞳でそれを見送りながら、ラズーライトが呟いた。
「ジェイド、あの格好で外に出る気なのかな……」
 まあ誰に見せても恥ずかしくないほど完璧な女装だが、しかし、劇較べまでその衝撃はとっておきたい気がする。
「ジェイドを着替えさせて、それからゴーシェを呼んで、みんなで行くべきだよね」
 他に手が空いている者や係わろうとする者が何人いるのかわからない。基本的にこの屋敷に間借りしている者たちは仲がいいが、自己中心な振る舞いをするキルスを避ける者もいるし、無償で他人の手助けをしようと思うゴーシェのようなお人好しやジェイドのように自分の利害に思い至る者たちが何人いるかは不明である。
 だが、魔物相手なら人数は多ければ多いほどいいはずだ。
「ふたりとも考えなしだなあ。やっぱりぼくが一緒に居ないとだめなんだから」
 姿の見えなくなったふたりの後を追って、ラズーライトも部屋を出た。




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