Sleeping Beauty




 目を開けると、真っ白な天井が見えた。
「ふふっ」
 思わず笑みがこぼれてしまう。今日は退院の日。ようやく、この狭くて薬くさい病院からおさらばできるのだ!
「なに笑ってんの、気味悪いな」
「……な……! 拓海、いたの?!」
「いたよ。おはよ」
「おはようじゃなーい! なにしてたのよっ!」
「そりゃあお前の寝顔見てたに決まってるだろ」
 不意にかけられた声に飛び起きて椅子に座っている拓海を怒鳴り飛ばす。詰問にもめげす奴は真顔でとんでもないことを言った。
「な、な、なんでそんなもん見てんのよ?! 起こしてよ!」
「いやいやいやあんまりよく寝ていたもんでなあ。起こすのも悪いかと思って」
「……むしろ起こさないほうが悪いわよ……」
 がくりと頭を落とした私の右手をとって、拓海はいっそ胡散臭く見えるくらい優しい笑顔で「貴女の眠りを妨げるものがないように、非力ながらここでお守りしておりました、姫」と言った。
「主にいびき歯軋りよだれからな」
「してたの?!」
「あと弱みとして握るのも可哀想になるような寝言をいくつか」
「うそおおおおおおおっっ」
「嘘」
「嘘なの?!」
「嘘だよ。ほんとに面白いねお前は」
 拓海は面白がる瞳でくくっと喉の奥で笑った。おのれムカつく。
「からかうのもいい加減にしてよっ! もういいもん、着替える!」
「それはお前の生着替えをこの俺が見学してもいいというかなり積極的なアプロ「んなわけないでしょ! とっとと出てけー!!」
「つまらん」とか何とか言いながら拓海はベッドの周りのカーテンを引っ張った。ひとりになると少し落ち着く。
 着替えをしまっておいたはずの棚を引くとそこには本当に服しかなかった。歯ブラシとか、替えのパジャマとか、隠れて食べてたお菓子はどこにしまったんだろう。
 聞いてみると「とっくに車に運んださ」とカーテンの向こうから当たり前みたいな返事が返る。
「ちょっと。そこまでしたなら本当に起こしてよ……」
 呆れた私の言葉に返ってきたのはくつくつという笑い声だけだった。
 手早く着替えを終わらせてパジャマを畳むと紙袋の中につっこんでカーテンを開けた。
「行くわよ」
「そのまま行く気か? 寝癖がすごいぞ」
「嘘?!」
「今度は本当。ちょっとそこ座れ」
 さっきまで拓海が座っていた椅子に座らせられた。なにをするんだろうと思っていると私よりひとまわり大きな拓海の手が髪を梳いた。
「ちゃんと髪洗ったのか?」
「昨日洗ったもん」
 病院では週に二回しかお風呂が割り上げられないのだ。昨日はちょうどその日で、今日の退院を知っていた私は念入りに髪も身体も洗った。浮世の垢って言葉があるけど、この場合は病院の澱と言うべきかも知れない。肌に纏わりついている病院の気配を綺麗に拭い取ってしまいたかったのだ。
 私の髪に何度も手櫛を通して、拓海は満足したのか櫛を手に取った。
「ちょっと、自分でできるってば」
「いいから。任せておけ」
「任せてって……経験あるの?」
「正直に申告してしまうと全く無い」
「それでなんでしようとするのよ……」
「お前の髪だからな」
 後ろ髪を中心に、一房、二房と拓海の指が私の髪をすくい上げて、櫛で丁寧に梳いていく。
 女性の髪を結うという慣れない行為に苦戦しながら、拓海は楽しそうに人の髪を弄った。まったく、これだけ楽しそうにされたら文句も言えないじゃない。
「まあ、こんなもんだろ」
「ちゃんとなってるんでしょうね」
「まあな。自信作だ」
「……その、『作』って部分が不安なんだけど……」
 まとめたはずの髪をひとすくい手にとって、拓海はそれに接唇た。
「心配するな。どうせ見るのは俺だけだし、その俺が大丈夫だって言ってんだから」
 それは、そうなのだが。拓海が紙袋を片手に持った。
「それじゃ、馬車までご案内致しましょう、わが姫」
 拓海が差し出された手に自分の指の先を乗っけて私は立ち上がった。




某所で『オリキャラで恋愛夢バトン』(配布先:恋夢 さま(リンク切れ)をいただきまして挑戦したもの。




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