モノガタリヤ




「書けないんですよ!」
 ガガーンと効果音の入りそうなポーズと口調で黒尽くめの彼は言った。腰まである長い髪も真っ黒、着ている服も真っ黒、瞳の色も真っ黒で、肌の色だけ褐色だ。闇夜に溶けてしまいそうな風情なのに、妙に存在感があった。
「書けないって、どういうこと? モノガタリヤなのに」
 尋ね返した小さな子供の名前はルーイ。ふわふわの金色の巻き毛に、宝石みたいな緑の瞳、ぷくぷくした赤い頬っぺたは天使のようだ。
「そうです、モノガタリヤだというのに、物語が出てこないんです。モノガタリヤたるもの、古着屋のジャケットについたペンキの一滴、不法駐車したうえ将棋倒しになっている自転車、ポールの上に置き去りにされたキャップ帽、人待ち顔でしゃがみこんでいる老婦人の姿からでも物語を作れなければ、モノガタリヤとしてとても駄目なモノガタリヤになってしまうのです! このままでは私はとてもみっともなくてダサくて見目苦しいモノガタリヤの恥になってしまうのです! このまま書けなくなったらモノガタリヤ見習いとさえ言えません。ただの背景です。群衆の中のモブです。居ても居なくてもどうでもいい役立たずです!」
 叫ぶだけ叫ぶとモノガタリヤはがっくりと項垂れた。
「まあまあ、少しは元気をだしなよ。なんにもないわけじゃないだろ? 物語だって、モノガタリヤの中で出口がなくてパンクしそうになっているのかもしれないしさ」
「……ちょうど、そういう感じなのです。描いてみても、書いてみても、喋ってみても、頭の中の物語としっくりこなくて困っているのです」
「なるほどね」
 小さな子供には似合わない大人びた仕草で、ルーイは名探偵のように人差し指と親指で顎を支える。
「わかったよ、モノガタリヤ。つまり、モノガタリヤはレベルアップしそうなんだよ」
「レベルアップというと、冒険者がよく稼ぐ経験値というやつですか」
「そう、モノガタリヤはいまレベルアップのための経験値が足りないってこと! だからルーイが協力してあげるよ。まず、ええと、そうだなあ……モノガタリヤの力でルーイをお姫様にしてよ」
「ルーイをお姫様にですか……なんだか気が進みませんが、やってみましょうか。お姫さま……そうですね、シンデレラなんていいかもしれません。十二時の鐘が鳴り、シンデレラは慌ててお城の階段を駆け下ります。そこに居たのはルーイ。君ですよ。シンデレラからすっぽ抜けた硝子の靴を見事空中でキャッチ! 硝子の靴が粉々になるのを見事防ぎました! でもシンデレラはお礼を言うどころではありません。魔女との約束を破ってしまいそうなんですからね! 代わりにルーイが出会うのはシンデレラを追いかけてきた王子様……」



お姫様になるはずが、ルーイの待ったの一言で、ドラゴン退治の冒険に、でもドラゴンは年老いて、ひとりぼっちが寂しくて、ルーイはドラゴンに名前を付けて友達になる。さあ、ゴンと一緒に冒険を続けるぞ。最初にやることは悪い魔法使いにつかまったお姫様を助けだすこと。でもあれれ? 魔法使いとお姫様は愛し合っていたんだ。王様と仲直りさせてあげよう。さあズンズン旅を続けるぞ。だけどルーイは病気になっちゃった。ゴンが険しい山にはえている薬草を取ってきて一件落着。元気になったらおうちが恋しくなっちゃった。新しい友達を紹介しに家に帰ろう。




***
ルーイはあざといくらいに天使な容貌、モノガタリヤは黒子のイメージ。
自分が書けなくて困ってる時に現状と希望を代弁してもらった(莫迦奴)



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