リンゴーン♪


夢を売る店 2




 白いチャペルの鐘の音で、生きたまま墓場に突っ込まれる気分になる奴ってのもそうそういないだろう。
「おめでとう、ヨリ!」
「ありがと、まなちゃん」
 幼なじみのふたりが幸せそうに笑う輪のなかに入れないまま、俺はその傍で立ち尽くしていた。
 もちろん、依子が結婚することくらい、俺だって知ってたさ。ずっと傍にいたし、恋の相談までされたし、そのあとは惚気まで聞いた。知ってたけど、でも現実にそれを目にするってのは、想像で落ち込むのとはまったく別物だ。
「海斗? ほらほら、言ってくれることがあるでしょ?」
 依子がさぁ言えと言わんばかりに満面の幸せそうな笑顔で笑う。
「……大学卒業即結婚、なんてせっかちでそそっかしいお前らしいよ」
「そそっかしいは余計! 早く先生と結婚したかったんだもん」
「でも、そそっかしいはほんとでしょ? 新婚旅行で迷子になったりしないでね」
「もう、まなちゃんまで! 大丈夫だってば、先生と一緒だもん」
 依子が隣に立つ十も年上の、いまどき見ないガタイのいい男を見上げた。体育教師なだけあって、汗くさそーで、体力以外とりえのなさそーな男。こんなのがいいだなんて……ま、ひがみだってわかってるけど……。
「ヨリ、いいかげん先生は止めてくれよ」
「はぁい……またやっちゃった」
 ぺろっとピンクの舌をのぞかせる口元から俺は意識的に目をそらした。
 こいつに会うより先に、こいつが依子を好きになるより先に、俺のほうがずっと前から依子を好きだったのに。
 出かけた溜息は飲み込んだ。心から祝ってやれないけど、わざわざこの場を辛気臭くしたいほど子供じゃない。


「くそ〜」
 二次会も終わって三々五々散ってしまったあと、どうしても家に帰る気分になれなくて居酒屋に入った。
 だけど失敗だ。騒いでるどこかの学生連中もサラリーマンの声もみんな耳障りで仕方ない。悪酔いしてると思いながらビールを追加注文した。こんな日に呑まないでいられるか。
 ビールと一緒に枝豆が届いた。
「……こんなん頼んでないですよ」
「それはあたしからおごり。フラレもの同士失恋記念会でもしようかと」
 枝豆を置いていった店員に「生ひとつ」と頼んでから真奈美が俺の前に座った。
「お前、あいつが好きだったのか」
 だとしたらこっけいだ。俺は依子が好きで、真奈美はあいつが好きで、それなのに幼なじみの恋をふたりして指をくわえて見てたってわけだ。
「残念、はっずれ〜」
 その声でこいつもかなり酔っていると俺は踏んだ。
「……じゃ、依子が好きだったのか?!」
「なんでやねん!」
 びしっと真奈美からツッコミが入った。う。普段ならこいつがボケて、依子か俺が突っ込むのが日常だったのに、もうそんなこともないのか……。なんか泣けてきた。
「ヨリはもちろん友達だから好きだけど、好きの種類がぜんぜん違うわよ!」
「じゃ、誰なんだよ」
「さて誰でしょう」
 店員が持ってきたビールを笑顔で受け取りぐいっと一息であけると追加注文。
 見た目が楚々とした京風美人で普段の性格は見た目どおりなだけに、たいていの男はこの酒豪っぷりを見ると退くんだよな。
 アルコールはいると人変わるし。まぁ俺は慣れてるし、かまわないけど。
「カイくんはさーぁ、気付くのが遅すぎだよ」
「あ?」
「いまさら言ってもはじまらないけどさー」
 カイくん、なんて小学生のころじゃあるまいし……。顔がほんのり赤いのはライトのせいじゃなくて酒のせいか。
「ヨリちゃん昔はカイくんのこと好きだったんだぜぃ」
「なにー?!」
 そんなの初耳だ!
 思わず腰を浮かしかけた俺とは反対にテーブルに突っ伏していきながら念仏でも唱えるような声で真奈美が続ける。
「それなのにぜーんぜん気付かないでフっちゃうし、そのうえ中学も終わるよーなころにヨリちゃんのこと好きになっちゃうしぃ」
 きゃははと真奈美が笑う。
「ちょ、お、待て! マジで?!」
「そーりゃもう。時の流れは待たずして、揺りかごから墓場まで光の速さで一直線! なんだぜい」
 と言うことはなにか、あれか、俺は阿呆か!
「戻りてえーっ!」
「おや、お戻りで?」
「あ?」
 気がついたら木で作られた天井が見えた。いまどきの店で、コンクリじゃない天井なんて珍しいと思ったから良く覚えてる。
「こ、こは?」
 まるで悪い夢でも見ていたように頭が痛い。寝ていた身体を持ち上げるとくらりと目眩がした。
「真奈美は? 確か居酒屋で飲んでいたはずなのに。」
「ああ、落ち着いてください。時間を買われた方は時折混乱するものなんですよ。とりあえずもう一度説明いたしましょう。
 ここはわたくし、バクの店。あなたは今ある現実を後悔して、私の店を訪れました。そして時間を買われたのです……思い出しましたか?」
 ああ、そうだ。明日は俺の結婚式だったっけ……って。
「依子と結婚できるのか、俺?!」
 そうだそうだそうだった。依子の結婚相手は俺だ!
 中学の時に部活に打ち込んでるあいつに惚れて、高校で告白、そのまま付き合い始めて大学卒業には結婚しようって約束した。
 だけど俺は土壇場のぎりぎりで「こんなんでいいのか」なんて悩み始めて……お互い卒業したばっかで、運良く就職決まったトコで、当たり前だけど金なんかないから新婚旅行だって出来ないし、結婚式だってテレビのCMみたいな派手なやつじゃない、そんなんであいつを幸せに出来るのか考え始めたら依子と俺が結婚していいのかどうか、そんなのも全部あやふやになっちまって。
 能天気なあいつを見てたら逆に苛々するようになって。

 CMみたいな派手な結婚式を挙げて新婚旅行にだって連れて行ける、俺よりずっと頼りがいのあるやつのほうが幸せに出来るんじゃないか、なんて……冗談じゃない、依子をどこの馬の骨とも知れない男になんか渡せるか。
 ぐっと拳を握った俺を見て、バクはにっこり微笑んだ。
「お客様、心が決まったらお急ぎになったほうがいいと思いますよ」
「え?」
「お客様が時間の旅をしているあいだに、もうすっかり夜が明けてしまいましたから」
 まてまて、確かバクに会ったのが夕方前だった……って、おい! いまは何時だ? すっかり外が明るいじゃないか! 式場の予約は10時なんだぞ?!
「悪い、また来る!! 代金はそのときに払うから!」







「代金なら、ここにあるんですけどねぇ」
 棚の上に置いてあるガラス壜の中を覗いて、呆れたようにバクは言った。たぷん、と青黒い水が揺れる。
 青年が時間の旅で一度は得て、そして捨てたもの。
「『諦めの代償』……後悔の苦い薬」









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